まこママの独り言

私がみんなで幸せになる社会を作りたい理由


今回お伝えしたいのは「なぜ特別支援の考え方が必要か?」ということです。

特別支援というと、自分には関係ないと思う人がかなりいるなぁというのが、私の周辺での印象です。

学校や社会で特別な支援を要する人に対して多くの先生が「優しく接しましょう」みたいなことを言っていませんか?

でも、そもそもなんで彼らに対して優しくしなきゃいけないの?その質問に答えられる人はどれだけいるでしょう?

・全ての人に幸せになる権利があるから
・弱い立場の人を思いやることが大切だから

など「人として、当然だ」という考えが広がっているように感じます。それはそれで素敵です。

が、私はこの倫理観だけでなく、経済的にもメリットが大きいと考えています。

いくつかの数字からそれを覗いてみましょう。

下は知能指数の分布を表した図です。いわゆる「正規分布」というものです。

一般に知的障害と診断されるのはIQ70未満です。

が、IQ70〜85の人も「境界領域知能」とされ、明らかな知的障害とはいえず、環境を選べば、自立して社会生活ができると考えられるが、状況によっては理解と支援が必要なレベル

ということになっています。正規分布における
IQ70〜85に存在する人数は理論上13.5%

総務省の発表によると、
2020年1月1日時点での日本の人口は1億2602万人。

つまり理論上「境界領域知能」の人は日本に1,638万人いるということになります。

そして仮にその人たちが、社会に適応できず、障害厚生年金を受給することになると、支払われる額は月66416円(2級)

単純に計算しても
1638万人✕66416円✕12ヶ月≒1兆7,000億円

ということで年金だけでも毎年これだけの支出が必要となります。ちなみに予算額としては日本でトップクラスの横浜市の2,019年度予算とほぼ同額となります。

これから、少子高齢化でただでさえ社会保障が難しくなる中で、この支出額が確定するのは日本全体にとってもよくないのは明らかです。

そして、「障害」というのはいつ何時自分自身に降りかかるかわかりません。わかりやすい例として、後天的な病気や事故によって体に大きなハンデを背負うことがイメージしやすいでしょうか。

自分じゃなくて、家族に降りかかる可能性もあります。

もし、先述した境界領域知能との診断可能性が高い人ですら生きにくい社会が続くと、自分自身が障害者となったとき、適応力するのはほぼ不可能です。もっというなら人間、歳をとれば、身体がスムーズに動かない障害者となるわけです。

でももし、多様性の保障された社会があれば、後天的に障害者、障害者の家族となっても生き抜いていける道が開けます。

そう、もはや自己本位的な考え方があったとしても、いわゆる障害者が社会に適応できる支援を行うことには大きなメリットがあるのです。

さぁ、みんなで幸せになれる社会に少しでも近づいていきましょう!